2013年11月6日水曜日

艦隊これくしょん

DMM.comとKADOKAWA GAME製作のゲーム。
旧日本海軍の艦船をモチーフに架空の海戦(?)を戦う。

数ヶ月前、友人からメールで「今、艦これやってるよ」と聞く。
「それってスマートフォンとか携帯のゲームなんだよね?」と尋ねると、「いや、ブラウザのゲーム。やってみたら…と言いたいとこだけど今はログインできないかも知れん」

という訳で実際にログインしたのは1ヶ月ぐらい前の話になる。
艦船をメインに扱ったゲームというのはゲームのデザインではかなり稀な世界で私が持っているのは水上スポーツを扱ったのを除けば、Pirates!(GOG)とGreat Naval Battles(Wikipedia)ぐらいしか思い付かない。…ああ、Silent Hunterとかもあったね。


IE 2 PC games review - Great Naval Battles 2 (1994)
YouTubeの物は続編のガダルカナル編。最初に出たのは北大西洋編。

Great Naval Battlesでは昼間の大型艦同士の戦いが昔の絵物語で見たような激しいものではなく、 主砲斉射後、着弾に50秒とか掛かるというのが驚きだった。

見せて頂いた作品ではCarrier At Warとか…後は思い出せないがHobby Japanから出ていた太平洋戦争のゲームとか見せて貰った…記憶が。Silent Serviceとかマニュアルだけ見せて貰ったな。という訳で実際のとこ、陸海空だとゲーム的には陸80%、空18%、海2%ぐらいの比率になるのか。という訳で海戦を扱ったゲームというのは稀な存在ではあるようだ。(ボードのゲームだと海戦のゲームは結構多い記憶がある。思い出すだけでもFlat Top、War At Sea、Midway、Iron Bottom Sound、IJN。逆に空戦が少ないな)

さて、脱線して参りました。という訳で戻って艦隊これくしょん(以下、「艦これ」と略す)実際の戦闘フェイズ処理はともかく、最初の手応え的にはブラックオニキスみたいなRPGだ。特に駆逐艦中心の初期は貧弱な防御力を補う高い回避力(≒運)が必要で軽巡が入り水雷戦隊を組、重巡で耐久力と火力が増大…やがて戦艦、航空母艦等が登場する。という流れになる。プレイヤーは4つの資源(時間とクエストで増える)、石油、弾薬、鉄鋼、ボーキサイトを元に艤装を開発したり船を建造したりする。艤装も建造も資源割合を決めた後は運なので定期的に作って良いのが出るのを祈るという形式だ。

デザインとしては各艦艇の役割が決まっており、必ずしも大型艦艇=強いという設定になっていない所が良く出来ている。また、資源の需要も序盤はほとんど必要としない(駆逐艦や軽巡は運用による資源消費が少ない)状態から重巡、戦艦と運用が始まり弾薬の消費量が増大、空母を戦列に加える事で大量のボーキサイトの消費、大型艦建造による鉄鋼枯渇などマネージメント部分も良く出来ていると思う。羅針盤(ルーレット)による移動はちょっとな…とは思うが、そういうジャンルらしいので諦めるしかなさそうだ。


Hobby Japanは買った事(20数年前)あるが、初めてModel Graphixを買った。Takumi明春(takumi明春の艦船模型至福への道)という方の作例が数十点載っているのだが、もうなんというか異次元の出来。これが1/700というのは信じがたい。私は模型に詳しくないので友人に聞くと「有名人」なのだそうだ。そりゃそうだな。ともかくゲームを知らなくても一見の価値あり。


表紙で買うのに抵抗があるかも知れないが(私はあった)プロデューサーインタビュー6ページが読み応えあり。他、艤装の一覧が載っていて見やすい。40ページが艦これの記事。イラストを書いた方二人のインタビューがそれぞれ1ページ。艦これ以外の記事は頑張って読んではみたが知らない作品ばかりで頭に入って来なかった。
デザイナーズノート系が好きな方は購入する価値あり。

艦船(以外も)に詳しい友人宅(前述の彼とは別人)を訪れた際にModel Graphixを見せた所、「こんなのがあるのか。一次大戦のならやりたいが」との事でゲームには興味を示さなかったものの、無煙炭による差とか間宮の日産おはぎ生産数とか色々な話を聞いた。艦これをやらなかったら日本の船には興味が湧かなかったと思うので私に取っては幸運な出来事だったのだと思う。

「一番美しい空母は何だと思う?」
「イラストリアスかな」
「ダメダメ、あんな40機も積めないヤツ。一番美しいのはこれだ」


駆逐艦の飯は糞不味いらしい。駆逐艦では艦長も同じ飯を食うのだそうだ。「アメリカは?」と聞くとアメリカも駆逐艦は不味かったそうだ。帆船の時代より小型艦乗りは大変なんですな。

2013年9月28日土曜日

Shadowrun Returns

Gamespot掲載の予告編

Shadowrun(のタイトルロゴ)が帰ってきた!
という訳で昔発売になったShadowrunタイトルとはあまり関係が無く、あくまでもオリジナルのRPGが帰ってきた、という珍しい作品。
Shadowrunの舞台は簡単に述べるとサイバーパンク版ファンタジーRPGだ。FASA版は持っている人に見せて貰った事があるが、特に感銘を受けた記憶は無い。

Kickstarterで始まった時にはSNES版の移植だと思っていたので、実際のゲーム画面を初めて見たのはSteamで発売1週間を切った時だった。Deluxe版には音楽集(MP3)と200ページ程のアンソロジー本が付いてくる。価格は$15で後から買うことも出来るので、ゲーム本体を買って気に入ってから(あるいはShadowrunの世界観に興味があるなら)買うのは良さそうだ。ゲーム本体は$20なので安価で、エディターも付いてくる。エディターが付いているRPGというのは久々に聞いた気がする。Neverwinter Nights以来だろうか。

ゲームは戦闘以外はFallout(1と2)の雰囲気に似ており、戦闘はXCOM(Firaxisの方)にとても似ている。そのためゲームデザインとしてこのゲームならでは、というのは元々のShadowrunに負う所が多いのでは無いだろうか。とりあえず評判を見ている限り、損ねては居ないという事らしい(オリジナルを知らないので私にはその辺がわからない)。ゲームとして特徴的なのはダイアログで、キャラクターの行動を示す表現が非常に多く、元々のRPGっぽい印象をプレイヤーに与える。恐らくこれがShadowrun Returnsの一番の魅力だと感じる。ドイツ系RPGのような地の文章のような難しさは無く、文章は非常に読みやすい。会話分は短い物が多いのだが、印象的なキャラクターも多く登場人物も多いのでバラエティに飛んでいる。

通貨が新円だったりとか所謂サイバーパンク的なノリはもう目新しい物では無いが、唐突に使われる変な日本語(omaeとか)とかエルフが高級なスーツを着ていたりオーガの用心棒とかはShadowrunが走りだけあって単なる耳の尖ったキャラクターだったり、なりのデカイだけで頭の悪い用心棒だったりはしない。Shadowrunを知らなくても楽しめるぐらいの世界観の構築だが、恐らく詳しければもっと楽しめるものだと思われる。私は全く知らないのでその辺の楽しみ方はわからないが、そういう楽しみが出来るぐらいの密度を持つ作品だと思う。

  • タクティカルな戦闘が好き
  • 世界観の密度が高い物が好き
  • ストーリーが良ければ多少一本道でも気にしない
  • Shadowrunの世界観が好き
  • ファンタジー以外のRPGを遊んでみたい
  • 音声が無くても大丈夫
  • 自分のキャラクターが多少おかしな格好をしても気にしない
この中で幾つか当てはまる物がある(自分で譲れないモノ以外)のだったら買っても「損した」とは思わないだろう。まぁ$20だしね。Deluxe版($35)でも十分元は取れると思う。RPGに限らない話だが楽しめるかどうかは自分がどれだけ「勝手に楽しめ」るかという部分が大きいのだと思うし、だから「勝手に楽しめ」るタイプのプレイヤーならこのゲームはかなり楽しめる部類に入る。気力があるならエディターでシナリオを組む事ができるし、Steamで共有もされているので他のプレイヤーが作ったコンテンツも楽しむことができる。

Jordan Weismanが歩いた苦難はKickstarterでロゴの変遷を見るとわかりやすい。ただ、この作品の支持を見ている限り彼はファンに恵まれた(もちろん彼の才能に負う部分が大きいのだろうが)デザイナーではあるのだろう。

ラブプラス+

ウィッシュルーム遊びたさにNintendo DSを買ったものの、どうもその携帯機って貧乏症の私にはハードルが高く…いつも思うのだが、コントローラー部分が壊れたら高額の修理か買い替えなのかね…と思うと本体自体買うのがハードル高い。最近のは更に画面保護シートとかアダプター別売りとか素人が初めて一眼レフカメラを買うぐらいの敷居の高さだ。という訳で最後に買った携帯ハードがNintendo DSな訳だが最初に買ったのもNintendo DS(ゲームウォッチを除けば)だったりする。

前置きが長ぇよ。買った理由としては凄い安くなっていたからという貧乏臭い話だが、実際そうなのでしょうがない。


ゲーム内容としては親の仕事の都合で一人暮らしをする事になった主人公が転校先で3人の女の子と知り合い、その内一人と付き合う事になる友達パートと、付き合った後エンドレス(らしい)で日々が続く恋人パートという構成になる。ゲーム的には恋人パートがメインらしく、リソースの90%ぐらいはそちらに使っていそうだ。ちなみに3人の女の子は性格が3通りあるらしく、台詞も(割合はわからないが)違うらしい。なんというか膨大な台詞の数でデバッグを考えると本気で目眩がしそうだ。昔、なんという作品か忘れたが…RPGだったか、で一人の台本が人の背の高さぐらい、というのがあったそうだ(今はざらなのかも)このゲームだと一人分で台車一台分という感じだ。恋人パートはリアルタイムモードとスキップモードという2種類のモードがある。最初全部がリアルタイムなのかと思ってビビったが、実際にはデートとか約束以外の時間はスケジュール登録(同じ日なら遡って登録可能)が可能なため、ほぼ完全に破綻したスキップモードを遊ぶ必要が全然無い。どう破綻しているのかと言うと、発生するイベントは数分の一。成長するパラメータも数分の一。ここまで破綻しているなら入れなくても良かったのではないだろうか。

ゲームデザインとして見た場合、正直言って特に見るべき部分が無い。ゲームとしてデータを見た場合、丁寧に作られているなと感じると同時にこれはちょっとどうなんだ?という部分も多い。キススキンシップ(名前がわからなくてマニュアルで確認した)は特に意味不明で気分はムツゴロウさんだ。他にもスクリプトは「これデバッグで指摘されなかったのか?」という様な部分が多い。ただ、コンソールのデバッグはオカルトらしいので直せなかったのかもしれない。率直に言って、好みが居なかったらゲームとして遊ぶのは根本的に無理だ。いや、好みがいてもゲームになっているかというと…どちらかというとポストペットとかどこでもいっしょ(どちらも遊んだ事ないのだけど)みたいな感じなのだと思う。水槽を見ているような感じが一番近いのかも知れない。…ああ、カスタムメイト3(18禁ゲーム)がスケールが全然違うが一番近いか?

データは攻略本を見るとROM構造体って感じで半分ヤケクソで作った様なとんでもないデータ量に圧倒される。しかしこれを見ているとDLCか何かでどんどんデータ売ったら結構売れたのでは?とか思わないでも無い。任天堂のハードだとDLCは難しいのだろうか。DLCは批判される事が多いが私は嫌なら買わなければいい話だと思うので(流石にエンディングとかスタッフロールを売られたら怒ると思うが)出される分には別に構わない。ただ、Crusader Kings IIみたいな数が多すぎて把握できないのは困る。多いのは買い手が管理可能なシステムが必要なのでは無いだろうか。Xbox360とか見てると欲しいと思う以上に「面倒だなこれ」と感じるのでインターフェイスはなんとかするべきなのでは。

…脱線したので戻る。
このゲームで素晴らしい部分は音楽だ。音楽は本当に素晴らしい。覚えやすいメロディとテンポの良さで初めて聞く曲は手が止まる。何曲あるのかわからないが、数十曲以上あるのでは無いだろうか。エキサイティングビリヤードの曲(ライブハウスのグレイジャケッツ)、あとネバー・タフ・ガイは多分コントラか?も入っているので、ひょっとしたら他にもコナミの曲があるのかも知れないが、聞いた限りでは私の知っている曲は無かった。ゲーム中のスライドショーモードでかなりの数の曲を聞くことができるが全部では無い。じゃあCDは?というと全曲集は無い…。もう新しいのが3DSで続編?というのが出ているのでNintendo DS版の全曲集が出る事は無いのだろう。残念だ。


ゲームで主人公の情報を入力する時に掛かる曲。
Dites un nom。フランス語らしい。Google翻訳によると、Say a nameだそうだ。

2013年7月21日日曜日

Prince of Persia: The Sands of Time

Prince of Persia: The Sands of Time (予告)

2003年に発売されたPrince of Persiaのリブート作品。Jordan Mechnerが創りだした最初のPrince of Persiaが一番有名だと思う。
Prince of Persia(1989)

Jordan Mechnerが彼の弟の動きを撮影して、表現した独特のアニメーションは当時既に主流から消えていたApple ][のソフトをランキングに入れるという偉業を達成した。が、その後でた続編はあまりパッとしない物が多く、前作のPrince of Persia 3Dから4年経ってからThe Sands of Timeが発売された。ちなみに発売された時には全体的に好意的な批評とは裏腹に販売はパッとしなかったらしく、その年の終わりにはUbisoftの誰か偉い人のインタビューで「内容は優れていたのに売れなかった」と語られていた。私はその時点でPersiaシリーズ続編の印象が強く何とも思っていなかったのだが、Gamespotだと思うが優れたレベルデザインで評価を受けていて、その時初めて興味を持った。

ちなみに売れなかったのは本当らしく、私が買った時点で既に安くなっていた。正直、ディズニーっぽい印象が良くなく最初はあまり乗り気では無かったのだが、序盤が終わった時にはレベルデザインの素晴らしさに感動したのを覚えている。レベルデザインの素晴らしさに関しては今でもトップクラスだと思う。アクションゲームでは結構有名な作品でもレベルによってばらつきがあるのが普通だ。例えば優れたレベルデザインで有名なGod of Warでも、あるシーンでは登れるような壁が別なシーンでは登れなかったり、簡単な柵や透明な壁が結構ある。まぁそういうのは良くある悪い意味で「お約束」な代物な訳だが、The Sands of Timeではほとんどそういうお約束は無い。一見無理なのでは?と思うようなレベルでも遊んでいく内に主人公のアクロバティックな動作と共に攻略出来てしまう。

キャラクターアニメーションはモーションキャプチャーを使っていないという事で当時話題になった。その内の一人はYannick Bergeronという人で自身が作ったらしいDemoが公開されている。モデリングは今見ると流石に古臭いのだが、モーションは今見ても良くできている方なのではないだろうか。3Dのアニメーションで明らかに2つのモーションが繋がっていないとかは今でも見られる物だが、このゲームではどのモーションからでも滑らかに動きが繋がっており躍動感を感じさせる作りになっている。

戦闘はメカニズムを理解するまではやや単調に感じられる。チュートリアル以外では基本的に特定の条件下で時の短剣で刺さなければ敵を殺せないというデザインになっており、これがユーザに受けなかったらしく続編では完全にその要素がカットされた。ただ、慣れてくると次から次と敵を倒せるので優れた部分があるのだが、それに気が付かないと単調でストレスを感じる作りではあるので敬遠されたのかも知れない。ただ、Assassin's Creedシリーズではカウンターという形で残っているように感じられる。

レベルデザインで主人公のアクロバティックな動作でパズル的な事を行うのだが、こちらは素晴らしい出来。一見わけがわからないようなレベルでも徐々にプレイヤーに慣れさせるように作られており、また砂の渦に触れる事で解き方のヒントを見せる事でプレイヤーにゲームを放り出させないようにしている。また、短剣による時間巻き戻し能力のお陰で失敗が連続しやり直しで嫌になるのを防いでいる。時間巻き戻し能力は数に制限があるため、簡単すぎる物にはなっていない。三部作の後のリブート作品はこれに失敗し、無限にプレイヤーを助けてしまう。当たり前だが、そんな事をするとゲームのプレイヤーのやる事は作業になってしまう。

ちょっと脱線するが、優れたゲームデザインの例えにバランス調整を持ち出す人がいるが、バランス調整はあくまでもバランス調整であって、ゲームデザインでは無い。「誰にとっても等しく挑戦的である」みたいのを「優れたゲームデザイン」と評する人がいるが、プレイヤーの賢さや巧妙さに報いる(例え結果的にそうなったとしても)のがゲームデザインなのであって、上手であろうが下手であろうが同じレスポンスしか得られないような代物はバランス調整以前に単に破綻したデザインだと思う。プレイヤーの技術や努力は報われるべきであって、プレイヤーの愚かさは報いを受けるべきだと思う。明らかに失敗させようとしたり(初見殺しと言うらしい)するのは相当下品だと思うし、難易度を選べたりするのはあっていい。「無限にプレイヤーを助ける」なんていうのは破綻以外の何物でもない。

話を元に戻す。

レベルデザインの素晴らしさについて述べたが、ストーリーも素晴らしかった。攻めこんできた国の王子と攻めこまれた国の王女が助け合いながら最初は警戒しつつも(そりゃあ戦争してた当事者同士な訳で)共に危機をくぐり抜けて中で徐々にお互いを理解してゆく…みたいな話だ。私が書くと恐ろしく陳腐だが、「優れたゲームのシナリオ」とはゲームを遊んでいるプレイヤーの体験が全てだ。だから例え文章にすると陳腐な話であろうが、ゲームを遊んで得られる経験がゲームの根幹な訳で「素晴らしい筋立て=優れたゲームシナリオ」ではない。もしそれが本当にイコールなのだとしたら世界の名作でも元にしてゲームを作れば「素晴らしいシナリオだ!」という評価を受けそうな物だ。だが、そうならないのは当たり前だ。途中に挟まるムービー部分が傑作でゲーム部分がどうしようもない代物だったら、それはどうしようも無い代物だろう。格闘ゲームでアクション部分が崩壊しているがキャラクターが素晴らしい出来でも大半のプレイヤーには駄目なゲームしかならないのだと思う。

Assassin's Creedではゲーム開始から最後まで悲惨な筋書きが披露される。あの酷さを見るとどれだけ開発が困難だったかよく分かるという物だ(何回も書きなおした結果がアレなのだ、恐らくは。…まぁ大作では良くある話ですな)が、このゲームでは全ての歯車が精密な時計の様に噛み合っている。クリアした後は中々感慨深い物があった。今まで遊んだ中でエンディングが感慨深いゲームを10本選ぶとしたらこのゲームを入れると思う。GOGに登場したので簡単に手に入るようになった。サントラ欲しさに私は4本目のこのゲームを買った訳だがPrince of Persia全フランチャイズ中の最高傑作がこのゲームだと思う。ちなみにPS3やXbox360(PCもあった)でThe Forgotten Sandsというこのゲームのリメイクがあるのだが、………どうやって………こんな酷い代物に………とホラーゲームの日記みたいになるぐらい「酷い」。機械式時計のリメイクですって裏蓋を外したら\1,000円ぐらいのクォーツが入ってましたぐらいの絶句感だ。まぁそれでも時計は時計だ。でもまぁ良くもこんな酷い設定にわざわざ直したもんだ、と感じるぐらい酷い。いけ好かない王子が成長する話だったのが、とんでもなく影の薄い王子がぼんやりした表情で超絶アクションをこなす話になった。タイアップゲームは今も昔も変わらない。どんな素晴らしい作品もこんなゴミに。という商売の過酷さを垣間見させてくれる。

今となっては見慣れてしまった香港映画的なワイヤーっぽいアクションだがあれを一般的にしたのがこの作品だと思う。RocksteadyがBatmanでアクション格闘シーンのマイルストーンになったように、このゲームはアクションゲームのマイルストーンの一つだと思う。音楽を担当しているのはStuart Chatwoodで、今作以後の作品も担当している。

2013年5月7日火曜日

ダウンロード販売

やっぱりパッケージが良いという人もいるのだろうが、私はもう物理的に無理なのでPCはダウンロード販売を利用している。
最後に買ったパッケージ版PCソフトはDawn of War IIか?と思ったらThe Lord of the Rings: The Battle for Middle-Earth Anthologyみたいだ。版権の関係か、これはダウンロード販売では売っていなかったからだ。仮にあってもEAだから\12,000円とかになるんだろう。

Steam
  • 主な購入方法はクレジットカード
  • ダウンロード速度は早い
  • トラブルは比較的少ない
  • かなりの確率で多言語対応
  • 主なサポートはフォーラム
  • メジャーな作品はEA以外ほぼカバー
Half-Life2を遊ぶために登録して、それ以降あまり触っていなかったが現在では一番利用しているダウンロード販売のクライアントがSteamだと思う。ダウンロードを行なってデコードと環境が整った段階でプレイ可能になるため、トラブルは比較的少ない。
他の言語への変更もプロパティからすぐにできる。

GamersGate
  • 主な購入方法はPaypal
  • ダウンロード速度は普通
  • トラブルはやや多い
  • かなりの確率で多言語対応
  • 主なサポートはフォーラム
  • 東欧系のマイナー作品もカバー
まったく聞いた事が無いような東欧の作品や、非常に小さな作品も扱っている。現在では他所のダウンロード販売でも扱っているがParadox社のゲームはMOD等を考えるとここで買うのがベストだと思う。
昔はダウンロードがとてつもなく遅かった(当時、Mass Effectは70時間掛かった)が現在は北米にもサーバがあるので結構早くなった。
既にサポートが終了したゲームでも並ぶため、古いソフトとかでは動かないというトラブルが時々ある。古いゲームはGOGとかの方が安全だ。

Origin(日本)
  • 主な購入方法はクレジットカード
  • ダウンロード速度は早い
  • トラブルは多い
  • 英語版か、日本語版がある場合強制的に日本語版(吹き替えも優先)
  • 主なサポートはGoogle
  • EAの作品の半分ぐらいと極一部の海外ゲーム
EAの作品がメインだが、EAの作品を全て扱っている訳ではない。
この辺でわけがわからないが、特長は糞クライアント(前は糞以下だった)と存在しないサポート、機能していないフォーラム、日本語版では字幕機能カット等「プレイヤーの忍耐に挑戦」が売り。
正直言って使いたく無いが、ここでしか扱っていないソフトもあるので面倒だ。

Steamの昔

今のSteamは非常に安定しているが、最初にリリースされたSteamは酷い物だった。
一番大きな違いは、今はダウンロード完了→起動設定→起動だが、最初はストリーム配信を使っていた。つまり最低限の環境をインストールしたあと、必要なデータを随時ダウンロードする仕組みになっていた。今で言うYouTubeみたいなものだ。

じゃあなぜ酷かったのかと言うと、当時の回線は今の数千分の1ぐらいの能力しかなく、ほとんどのユーザはADSLの普及前で数キロ単位の回線しか持っていなかった。ゲームが始まる→数分の読み込み(操作不能)→少し進む→数分の読み込み(操作不能)と、こんな感じ。最初はHalf-lifeしか遊べなかったが、Steamの一番の売りはHalf-Life2が遊べる事だったので、本気で「これでHalf-Life2の配信なんてできんのか?」という印象だった。

結局ストリーム配信から現在のようなダウンロード形式に変わった(ごく初期はストリームだったような気がする…があまり良く覚えていない)ものの、元々ストリーム配信用に作ったからなのか、シーン切り替えの読み込みはかなり遅かった。もちろん現在の性能ならそれほどストレスにはならないのだろう。問題にならなかったのはHalf-Life2がそれほど面白くなかったからだ。Half-Lifeは何度も遊んだが、2はそうでは無かった。発売が遅れに遅れたのも、偉大な前作のおかげで期待し過ぎたのもある。技術ムービーが凄すぎたのも理由だと思う。凄さを感じる事が難しい時代なのはHalf-Life2 ep3がいつまで発売にならない原因の一つでもあるのだろう。

それでもSteamが凄いのはゲームの流通を完全に変えてしまった部分にあると思う。大昔はゲームは船便で届いていた(私の利用していた店ははUKから輸入していた)。大体2~3ヶ月ぐらい掛かる。戦争でスエズが使えなくなると喜望峰経由なので更に倍だ。国内で海外のゲームを扱っている店も幾つかあり、そこに注文すれば1~2週間ぐらいで届くものの、必ずしも欲しいソフトが売っている訳でも無いしかなり割高なケースが多かった。私は幸運にもそれほど遠く無い場所に海外ソフトを扱っている店があったため、運が良ければそのまま買って持ち帰る事が出来たものの、雑誌で欲しいソフトがあれば当然船便待ちとなる。それが購入して1時間もすればゲームが遊べてしまう訳で時代の流れを感じてしまう。

あの頃の方が楽しかったか、と言われれば楽しかったとは思う。店から入荷の電話を心待ちにしていたような気分は今味わう事はできない。だが、あの頃に戻りたいか?と言われれば「嫌に決まってるだろ」と思う。遊びたいソフトは1秒でも早く遊びたいに決まってる。私はパッケージにもマニュアルにももうほとんど感情は無い。だからと言って古いソフトをぽいと捨てられる程割り切れないのは事実だが、極力パッケージは買わないようにしている。…邪魔だから。今でもNovaLogicの糞みたいなパッケージを思い出す。ああいう糞みたいなパッケージは心底邪魔だ。後はOceanの糞でかい箱とか…。

昔の私は今より馬鹿だったのでAmiga版とPC版何が違うのか?とかで両方買ったりしていた。一番多いヤツだと…5バージョン?(違った6だ…限りなき馬鹿さだな)…ヤレヤレだ。現在、個人の所有するコンピュータにおけるゲーム市場はほぼPCで、今後もMacとLinuxが占める部分も10%を越える事は無いと思う。GaikaiのようなStream主体の物が主流になるには通信網が今より発達しないと厳しいのでは無いだろうか。そう考えるとSteamのような形態が後5年ぐらいはベストなのでは無いだろうか。だが、いつかはそれもベストでは無くなり、家に居ながら通信端末みたいのだけで画像装置に繋ぐだけ、みたいな時代が来るのだろうか。そうなるとゲームを所有する、みたいな感覚はほとんど無くなってしまうのかも知れない。ただ、そうなったとしてもPCゲーム市場みたいな物は残り続けるのだろう、と思う。ほとんどの大作がStream主体になったとしても全ての作品がStreamに乗る事は無いだろう。その頃には安価なPCでも現在のGamePCクラスの性能を持っているだろうから、性能的な部分は余程の大作でない限りクリアされているに違い無い。

いつかは「昔はゲームをダウンロードしてインストールして遊んでたんだよね」というのが冗談だと思われる時代が来るのだろうか。私は「昔カセットテープでゲームが売ってたんだよね」と言って冗談だと思われた経験があるので、そういう時代も来るのだろうなと思う。その頃になったら、Steamを「ああ、あったねそういうの」みたいに言う日も来るのだろうか。

コミュニティとゲーム

一時期MOD文化とセットで扱われた代物に「コミュニティ」というのがある。簡単に言ってしまうとコミュニティというのは、そのゲームに興味ある人が集まるフォーラム+開発者との接点みたいな感じだろうか。

有名所だと、Paradox社のゲームが熱狂的なコミュニティを築いているし、概ね有名なゲームにはそれぞれ巨大なコミュニティが構築されている。まぁこの頃の記事はどれもこれも凄くて「MOD文化の発祥はHalf-Life」だとか「RTSの元祖はWarcraft」だとか…それはもう酷かった。MOD自体はApple ][の頃からあった話だし、コミュニティも1980年代には既にあった訳でそれを「フォーラムを設置すれば簡単にコミュニティが!」みたいなのは流石に「お前は電通の回し者か」という感じで結局コミュニティは日本では根付かなかった。当たり前の話だよな。

高度なコミュニティを築くのがどれぐらい難しいかと言うと
  • 最高クラスのコミュニティ管理者が必要
  • 相当優れたクラスのコミュニティ担当が複数必要
  • 24時間体制
  • バックボーン
この4つが最低必要となる。一番難しいのがコミュニティ管理者でこういう人を見つけるのが一番大変だろう。コミュニティ管理者に必要な能力というと、
  • ゲームの知識
  • 開発との太いパイプ
  • バランス感覚
  • ユーモア
  • 精神が超人的にタフ
こんな感じだろうか。3つぐらい持っていたらもう神に感謝した方が良いぐらいだ。人によるだろうが、私の場合記憶に残っているのはFuncom(その後、Blizzard EUの'Thundgot'となる)のThomas 'Cz' Johnsenだ。Anarchy Onlineというゲームは発売1年ぐらい酷い有様だった。それでもコミュニティが形をなしていたのはこの人の功績が大きいと思う。海外の場合、長続きするコミュニティには大体そういった感じの名物コミュニティ管理者がおり、そういう管理者に恵まれなかったコミュニティは相当お寒い状態となる。シベリアのようなフォーラムと言えばここだろう。1ページ目で一番下のPostが2009年…ね。

World of Warcrafのコミュニティマネージャー会議
 コミュニティ管理者の苦労がわかるパロディ動画

コミュニティが活性な場合、プレイヤーの定着率は上昇する。また、プレイヤーの数と年齢層には密接な関係があり、年齢層が若くなればなるほどTrollが増える。Trollが増えすぎるとコミュニティは機能しなくなるため、なんとかしなければならない。この辺に答が無いのがコミュニティの維持が如何に大変か、という部分なのだろう。プレイヤーが本気で怒っているのか、単なる嫌がらせなのか明確に判断する基準は無い。この辺への対応がコミュニティ管理者の腕と言える様に思う。

ただ、コミュニティが活性だからと言って全てが良い方向に動くかと言うとそういう訳でも無く、失敗したコミュニティの例として一番わかりやすいのがCivilizationだろう。最新のCivilizationは現在シリーズの5番目の作品で面白いゲームではあるのだろうが、元々の作品に比べると完全に戦争のためのゲームになっている。不思議な話だが、Empireにどんどん近くなっている。なぜか?プレイヤー達がそう望んだからだ。プレイヤー達の不満がCivilizationのデザインをどんどん歪な形に変化させていった。結果としてよくわからない「スペックを持つ」ユニットが増え、汚職は無くなり、政治形態による制限も薄くなっていった。

プレイヤーが望んだ事だ。そして作り手はそれに応えた訳だ。これが正しいという人もいるのだろう。少なくとも十数年前の私はそう思っていた。だが、インターネットの発展と共にどうも違うような感じを受けるようになった。良い影響だけではなく、悪い影響も同じぐらい大きい(今考えれば当たり前の話だが、当時は実際目にするまで気がついていなかった)と思い、2004年に「声のでかさ×質の悪さ=影響力」と書いたが、今もそう思っている。プレイヤーのフィードバックを元にデザインに変更を施すのは正しいのだろう。だが、プレイヤーのフィードバックがデザインに直接影響するのは正しく無いのだと思う。プレイヤーのフィードバックを直接デザインに反映させた物はデザインの面白さを減少させる事が多い。ただ、商業のデザインは商売な訳で「プレイヤー達からこんな声が届いています」というのはデザイン上、避けられない問題なのだろう。

私はデザインの好みとして、荒削りでもデザイナーの「ここが魅力」というのが伝わってくる物が好きだ。コミュニティの善なる効果は素晴らしいと思う。だが、デザインの魅力を削ぐような行為を見ていると必ずしも良い効果が全てだとは思わない。どのようなデザインであれ、デザインは自由であるべきだと思う。「良く出来ていて」「つまらない」作品が私にとっては一番退屈なデザインだ。私は絶えず人のデザインに関して文句を言っている方なのだろう(褒めるよりは文句言っている方が多い)が、その声が届いて改善されてほしいとは全く思わない。

ゲームのデザインには答は無い。私が気に入らないデザインを好きな人もいるだろうし、逆もまた然り、だと思う。答が無いからこそデザイナー各人の色が出るのではないだろうか。例えばデザインを柱に例えるとするならば、シド・マイヤーは斜めに切り、ウィル・ライトは水平に切り、ピーター・モリニューは縦に切る、なんていう違いが出るかも知れない。シド・マイヤーはデザイン上の取捨選択を好むだろうし、ウィル・ライトは普遍的な事柄をデザインに盛り込もうとするだろう。ピーター・モリニューは入れたいものを全部ぶち込むようなデザインをするのでは無いだろうか(そしてバランスが悪くなった柱が倒れたりする。でもそれが彼のデザインの魅力なのだと思う)。それが全て同じ柱になってしまったら映画のアーリントン国立墓地みたいになってしまうだろう(EAって書いてある柱がどんどん増えるような)。

「コミュニティの総意」(ネットで声が上がってる、Blogで…とかまぁなんでもいい。要は沢山の声があるという状態)みたいのが出来上がって「変更すべきだ」みたいな風潮は昔からある訳だが、「完璧なデザイン」という物は存在しない。柱に楔を打ち込んでも切れた柱を接着剤でくっつけても完璧にはならない。もちろんゲームは遊ぶ人間がいて初めて成立する物だから割合こそ異なれプレイヤーはデザイン上の要素の一つなのだと思う。完璧なデザインが存在しないのは完璧なプレイヤーという物が存在しないからだ。アルタミラの壁画とルネッサンス期の絵画を比べてどちらが完璧ですか?みたいな質問は無意味だと思う。それとも中世絵画はもう古いから現代風に直すべきだとでも?