2026年5月5日火曜日

TT Isle of Man: Ride on the Edge 2


TT Isle of Man: Ride on the Edgeが前作だが、あれよりは大幅に楽になった気がする。グラフィックも大幅に強化され(前作も個人的には良かったと思うが)ヘルメットモード(視点がヘルメットからになる。風の音にビビる)、他のオートバイゲームではオミットされる傾向の強い様々なクラッシュ要素(ニュートラルからアクセル全開で繋ぐと吹っ飛ばされる)。アイルランドコースだけとは言え、フリーロアム実装…と結構盛沢山でセール時400円しない。

マン島TTレースという1911年辺りで開始され現在レース練習中、レース中合わせて死者270名という狂気のレースが舞台。今はYouTubeとかで簡単に見れるようになった。良い時代ですね。

最高速度約300キロ、平均速度約200キロを2車線ぐらいの公道でやる、という競技をプレイする事になる。一応電柱とか石壁に詰め物とかつけているがプレイしてすぐに「(現実世界ならば)何の意味も無い」と気づくと思う。直線ですら危うく、コーナーには普通に歩道の段差(白黒のテープが貼ってある)がある。当然乗り上げたらコケる。通常のゲームではあれほど頼りになるアイデアルラインが全然頼りにならない。集中力が切れたらクラッシュするが切れてなくも普通にクラッシュする。道は狭く木陰は暗く障害物だらけだ。ミニマップ上では直線でプレイヤー視点でも実際直線だとしてもトレンチラン並みに命懸けな印象を受ける。そりゃあ公道レースは減るわな…というのが体感できる。ゲームではどんな激しいクラッシュでも平然と再開できるが、実際のレースでは当たり前だがほとんどの場合死ぬのだそうだ。YouTubeとかで見ても「どうかしてる」というレースだが主観視点で走ると「どうかしている以前の問題だろ」と思う。TTに興味あったら買っていいんじゃないかな。

Slay the Spire 2

下手くそから意見を述べるなら「難しすぎませんかこのゲーム」。


とはいえ、その難しさがプレイヤー達を魅了してやまないのだろう。デッキビルダーというジャンル(開発者曰く、ドミニオンというカードゲームから影響を受けたのだそうだ)をコンピュータゲーム界に持ち込み、~Typeだの~Likeだのの一端になった訳だから影響力というのは凄いのだろう。

FTL辺りからジャンルが始まったRNGゲームの中では運と実力は半々ぐらいの印象を受ける。ただ、運を生かすためにはほぼ100%以上の実力が必要でどちらが欠けてもどんどん厳しくなる。私の場合、1ステージ目辺りはなんとかなっても、2ステージ目辺りから「これは駄目だな」って展開になりがちだ。ただ、ルールは恐ろしく整理されており、トレーディングカードゲームとかである「一体何を言っているのかさっぱりわからない」って事はまずない。チュートリアルとかもほとんど無いが(ごくわずかだけある)ルール的には敵にダメージを与える。敵からのダメージをブロックする。の二つを如何に効率的に行うのか、というゲームになるのだと思う。なのでカードゲームのデザインとかを研究している人には素晴らしい教材なのでは無いだろうか。(ドミニオンというゲームも恐ろしく有名らしい。私でもタイトルだけは知ってた)

メインであるカードコンテンツ以外に、ほぼ常時効果を発揮するレリック(パッシブアイテムの様な物)と非常に限定された効果を発揮するポーション、各種効果を発揮するバフ、デバフ、山札、手札、捨て札、廃棄札…それらが複雑に絡みついた濃厚なカードゲーム体験、というのがSlay the Spireを有名足らしめている…のだと思うが私には正直濃厚過ぎて「難易度簡単とかないの?」「スターターデッキ強化出来たりしないの?」みたいな弱者の意見しか出てこない。ただ、コンピュータゲームであるお陰でルール解釈で揉める事も無いし、無限に金を吸い取る追加要素も無いってのが凄いと思う。普通の会社なら多分追加要素DLCを出しただろうから。

まぁもし気に入ったのなら前後作合わせて買っても¥5,000円程度というちょっとしたAAゲーム1本分ぐらいの値段でAAAクラスの時間を遊べる、2は友人達がいるならマルチプレイヤーで遊べる(見る限り、シングルとマルチは全く違うゲームだ。凄いデザインですな)。PC版では(ゲーム機版は知らない。オンラインは無料では無いんじゃないかな、多分)無料で出来るので、同好の仲間がいるなら遊び応えがあるんじゃないだろうか。

運要素への批判(Steamのフォーラムだとこういうゲームでは大体RNG批判がある)はどのゲームでも避けられないと思うのだが、半々ぐらいがベストなんじゃないだろうか?生き残っているテーブルゲーム…例えば麻雀とかだと運の要素は無視出来ないと思う。完全情報ゲームが遊びたいのであれば、チェスなり将棋なりを遊べば良いのであって、運の要素が10%とかあってもデザイン的には無意味だ。AHのGunslingerのデザイナーズノートで今でも良く覚えている「落ちた銃の暴発は全て外れる事にした」の下りは非常に勉強になった。

思いついた「良いアイデア」というのは非常に危険で、捨てにくい。ただ、往々にして「良いアイデア」はデザインに悪影響を及ぼしやすい。私がこのゲームを遊んだ感想は相当「良いアイデア」を捨てたんだろうな、だった。多分複雑にしようとすれば出来ただろうし、「もっと奥深いカード駆け引き」とかも容易に出来たのだろう。その辺をばっさりカットして最低限のチュートリアルでゲームが遊べる、というデザインは確かに凄いのだろう。人気があるのも頷ける。…でもやっぱり「難しすぎませんかこのゲーム」というのは変わらない(苦笑)

ゲームデザインとスペック

 Victoria3のSteamレビューで「プレイヤーの操作する場所によってシミュレートのレイヤーが異なり遊んでいて凄い違和感がある」という記述をされていた方が居て、ああ、なるほど確かにそういう違和感がVictoria3にはあった。何故そんな事が起こるのだろう?という疑問が私にはあったのだが、一つ思いついたのがPCの上昇したスペックによるものなのでは無いかと言う事だ。

コンピュータ黎明期、PCのスペックは現在からみれば非常にお粗末だった。だからデザイナーは「こうこう、こういう事をしたい」を完全に実現するのはほぼ不可能だった。結果的に取捨選択や抽象化を行わざるを得なかった…というのは別にコンピュータゲームだったから、ではなく、人間が作る(そして遊ぶ)にあたって、取捨選択と抽象化は絶対に必要だった。アナログゲームはそうやってデザインされているし、ウォーゲームもそうだった(ルールが肥大化し、難易度も急上昇するに従って下火になった。コンピュータの影響も大きいだろう)し、プレイアビリティというのは無視出来ない要素なのだと思う(私としてはプレイアビリティを大きく損なうようなデザインはそもそも失敗していると思っている)。だからコンピュータのスペックがお粗末だった頃はコンピュータゲームをデザインするもの全員が取捨選択と抽象化を行っていた。…それさっきも言ったな。

で、時代が流れ2025年現在(書いている時はまだ2025年だった)、リソースさえあれば取捨選択も抽象化も必要無くなった。詳しくは知らないが、高級なスマートフォンならちょっと前のPCよりもスペックが高いんじゃないだろうか?だから現在のデザインには先ほど連呼したどちらも欠けている。だって削る必要が無いのだから。また、インディーズでは何かゲームが流行るとそれ用のAsset Packというのが登場するのだそうだ(SoulLikeだの、SurviviorLikeだの、StSLikeだの)。もちろん全てが似通うって事は無いにせよ、プレイヤーが媒体(Webの記事なり、Storeの販売サイト等)で似たようなデザインの日常的に目にする訳だ。その結果、自社IPとして2を出せるような売り上げの作品が出した場合にもう見向きもされない(その場所に大量の模倣作があるから)という事態も珍しく無い。これの対策が現在良く見られるこまめなアップデートや(売り上げが見込まれるのなら)大型アップデートという事らしい。

デザインを2つに分けるとしたら、マクロとミクロとなる。昔はスペックの制約でマクロしか選べなかった。極小のリソースの中で1個師団の残り人数だの、軽機関銃の数だのを扱う事は不可能だった。結果的にマクロからミクロに向けたデザインとなり、当たり前だがこれだとミクロまで到達する事は出来ない。スペック上の壁があるからだ。16bit時代辺りから(無謀にも)ミクロからのデザインが生まれだし現在に至る。現在の64bit時代では逆にマクロの方が珍しい。結果的に遊んでいてデザイナーが何を考えてデザインしたのか理解に苦しむゲームが多くなった。これが結果的に〇〇Likeを大量に生む理由であり、舞台が何であれ(何故なら表現したいのは〇〇「Like」の部分だから)似たようなゲーム、似たような表現…とはいえ、元になったゲームのパイは巨大な訳でLikeには一定の需要があるらしい。だったらもうマクロの視点要らないよな。要らなさ加減で言えばJRPGの世界設定ぐらいなのでマクロを求める人は居ないのだろう。

ただ、私はマクロの視点って重要だと思うのですよ。何故重要かと言うと、ミクロの視点から始めると極端な事を言えば題材に一切関係が無いからだ。例えば〇〇Likeのゲームを作ったとして、それがファンタジーだろうが、スチームパンクだろうが、SFだろうが別に何も変わらない。弾がファイアボールだろうが、蒸気式フリントロックピストルだろうが、ブラスター弾だろうが、別にそれがプレイフィールに一切影響しない。それのどこに新鮮さがあるのだろうか?まぁプレイヤーは新鮮さを求めていないのかも知れない。Steamのフォーラムでも何か作品があったら、「もっとこれみたいな作品無いの?」みたいな書き込みを目にしない事は無い。

…どれだけ脱線するのか。題材によるデザインへの働きかけってのは間違いなくある(無いんだったらそのデザインがクソって事だ。)。題材を選ぶのはもっとも安価なデザイン対価だ。イタリア内戦とかというIPは存在しない。もちろんファンタジーとかでも良いのだろうけど、既存の事象の方が(資料集めとかを除けば)楽だろう。調べれば興味深い内容とかも見つけられる。まぁそういうの面倒だ、とか興味が無いのなら〇〇Likeを作っていれば良いんじゃないですかね。と投げやりに終わる。

Vampire Crawlers

選び応えの無い選択。  

Vampire Survivorsの会社(+開発協力の会社)が製作したデッキビルダー型ダンジョンクロウルゲーム、がVampire Crawlersなのだが、各要素があらぬ方向に走っているというか、全然シナジーが無い。全く面白くない、という訳では無いのだが「なんじゃこりゃ?」という気分は最後まで抜けなかった。一番の肝は組んだデッキによる戦闘なんだと思うのだけど、Steamのフォーラムでの「これ0、1、2って順番に選ぶだけのゲームじゃないのか?」という指摘はまぁ確かにそうだよな、としか言えない。遊ぶとわかるが、デッキを組んでプレイヤーがカードを選択する、というデザインはこのゲームのコンセプトに全く合っていない。モブとの戦闘は高速解決の方が楽で、意味があるのはある程度強い敵になるのだが、結局の所0、1、2でしか無い。デッキビルダー要素にしても、レベルアップ時に基本3つ、ジェムかカードを提示される。だが、何十種(レアリティで確率は変わる)の中から3つでしか無く、且つ大したシナジーも無いので中途半端に弱いデッキか、強いデッキ以上にはならない。せめて、ジェム、カード、それぞれが別々のドロップだったら別だったと思うのだがジェムの大半は余り価値が無いので(Slay the Spire だと、ダメージ2点でも結構変わるが、このゲームはインフレ型なので…)エンドゲームコンテンツっぽい鍛冶屋もそこまで頑張ろうという気にならない。

序盤はモブのHPが少ないので意味のあった要素も中盤辺りから結構凄い数値インフレが発生する為、ほとんどのジェム、カードがそれに飲み込まれる。とはいえ、全滅してもペナルティは無いので適当に戦ってアンロックを狙う、金を稼いでパワーアップを買う、というのを繰り返す事になるのだが、Vampire Survivorsと違いパワーアップにランダム性がある、という印象より、(西洋型の)ガチャという印象が強い。こちらからガチャに干渉出来る要素、というのはほぼエンドコンテンツなので、遊んでいてVampire Survivorsの様に「やったー!」という気分を得られない。今回はプレイヤー側が3人パーティまで可能なのだが意味が無いとまでは言えないが、ともかく凄い地味なのだ。一人毎に1デッキを持ち、「Xボタン処理」の様に自動的に処理が行われる、とかの方が良かったのでは無いか。そもそもVampire Survivorsって緻密なプレイが必要なゲームだったんだろうか?運の要素に左右され、タイムアップぎりぎりで「あー…」みたいなのが醍醐味だった気がするのだが、そういう要素はVampire Crawlersには一切存在していない。通常行う操作がほぼスティック一本のみ、という削ぎ落したスタイルだった前作に比べて、こちらは4ボタン使う割にはプレイヤーの介入余地は余り感じない。前作がスロットマシンだとしたら、こちらはBally Skill(これを剽窃したのが所謂新幹線ゲーム)の様な感じだった。これVampire Survivorsと一切関係無い新IPだったらこんな注目を浴びる事も無かった訳で、まぁIPってのは力がありますよねって感じなのだが初期アイデアに引っ張られ過ぎたのか、上手くいかない、じゃあこれを追加で…を繰り返したデザインに感じられる。初期アイデアが上手くいっていない場合、何を継ぎ足しても上手くいかない。Vampire SurvivorsのIPでデッキビルダーを、ってのは悪くないアイデアだったかと思うのだが、Vampire Survivorsってインフレのゲームだったんじゃないの?インフレとデッキビルダーは相性良くないと思う。結果的に凄い地味なゲームが完成した。

MARVEL MaXimum Collection

懐かし商売の極北。  

Limied Run Gamesから夢のアーケードゲームコレクションが出た。名前をMARVEL MaXimum Collectionと言う。KonamiのX-Men、DATA EASTのCaptain America and The Avengersが含まれているという。KonamiのX-Menはかなり前にXbox360(PS3版もあったらしい)のダウンロード販売で移植版が出た。出来はそんなに悪くなかったと思う。で、それも発売停止になっていた。また、DATA EASTのCaptain America and The Avengersはまぁ出た当時でもそれほど人気作では無く、SNES(Genesis版もあったらしい)でまぁ…それなりな移植がされたぐらいのタイトルだ。DATA EASTのタイトルは散逸こそしなかったらしいが、他社版権を含む、となれば当然簡単では無い。まぁ所謂「無理」タイトルだった訳だ。他にも色々(Timothy Follinが曲とドライバを書いた伝説のSilver Surfer)あるが、私とってメインは既に上げた2本だった。 Limited Run Gamesの名前は既に知っていたが、物理媒体を買う事に殆ど興味の無い私にはあまり関係の無い会社だった。

で、今回初めて直面した訳だ。 
まぁヒデェな。 

ヴォルトへようこそ。Limited Run Gamesが誇りをもってお届けする、MARVELゲーム黎明期を代表するタイトルを集めた、史上屈指のコレクション。アーケード、8ビット、16ビット、そして携帯ゲーム機まで—— 主要なすべてのバージョンを収録し、ピクセルで描かれた1990年代MARVELユニバースの進化を体験できます。これは単なるゲームではありません——現代的な機能とボーナスコンテンツを備えた、歴史そのものを保存した究極のファンアイテムです。 

主要なすべてのバージョン…Captain America and The Avengersは日本版がオリジナルだ。オリジナルを含まない主要なすべてのバージョンって一体なんだ?X-Menでは2、4、6人版が収録されているが、難易度設定が可能なのは2人版のみ。当然だが、4、6人版ともゲームセンターでは味わえない設定となっている。もちろんPCB版は全部にDIPスイッチがあり、難易度設定等が可能だ。付けなかった理由は知らない。生成で移植したのかもね。ギャラリー等の資料も「え?これで全部?マジで?」って言う簡素な代物でこれを売りにするのは無茶だろうというショボさ。昔、Legend of Grimrockで設定資料という名目で特典がついていた。「ノートの落書きですか?」みたいな武器が10種類ぐらい描かれていて終わりだった。あれを思い出したよ。

 After Waves Of Complaints, Limited Run Games Is Planning Big Changes という記事があるが、まぁ無理だろうな。この会社は物理メディアで買えるのが売りなんだそうが、今回のMARVEL MaXimum Collectionの場合、「パッチが当たります!」じゃ、物理メディアってのが全く意味が無い。まぁただのコレクション目的ならそれで良いんだろう。私は物理メディアとかコレクションみたいのに興味が無いので関係無いが、そういうのが目当てな人にはふざけんなって部分だと思う。物理メディア主義者の人達はゲーム産業におけるPrepper的思想者が多い(漫画にも居る。多分他のメディアにも居るのだろう)のでこの会社の信用はストップ安ってのもそりゃそうなんだろうな、と。もちろんこの会社に限らず、様々な情勢が変化している(Kickstarter発のプロジェクトは物理メディア関連のトラブルが渋滞気味に発生している。年単位の遅延も当たり前だ)のでLimited Run Gamesが怠慢だ!という事も無いのだと思う。

しかしその辺を置いておくとしても移植としては、まぁ…あれだ…酷いね(笑)X-Menは過去の移植版よりマシって言ってる人もいるけど、なんかこの6人版おかしくないか?2、4人版は(4人版は難易度を除けば)ゲームセンターでの感覚に近いと思うのだが、6人版は操作していると違和感が結構ある。ひょっとして6人版も後期ROMとかあって私の知らないバージョンがあるのかも知れないけど、これを「アーケード当時の6人版」って言われたら「違うだろ」と思うよ。まぁLimited Run Gamesはもういいわ。昔「オレたちゲーセン族」というラインナップがあって、エライことになったが、あれと似た感じがする。