2013年1月28日月曜日

Ultima V

Ultima V(1988)

ゲームを遊ぶ者なら誰しも「朝から晩まで1日中そのゲームの事を考えている」という経験があると思う。
私はそういう経験をしたゲームは多分20本ぐらいしか無いと思うのだが、一番長期に渡ってその経験をしたのはUltima Vだ。

Ultima Vの概略はこんな感じだ。

「大陸で巨大な地下世界が見つかり、王自ら組織した探索隊が行方不明となった。王の替りに摂政が国政を司るが、彼は暗黒の力に支配され圧政を始めた。王を探し、国を圧政から救うべく主人公が召喚を受ける」

UltimaはApple ][から始まり、VIからIBMーPCがオリジナルとなる。発売当時でも既にApple ][は全盛期をとっくに過ぎてたが、「あの」Ultimaの最新作なため、凄い話題の作品だった。Apple ][を持っていなければ当然遊べない訳でログインの安田均の記事とか読んで「うわー!遊んでみてー!」とか思っていた訳だ。

で、当時私が所有していたX68000で移植版が出た。前作Ultima IVの移植は壮絶な代物だったが(IIよりはマシだが)Vはもう会心の出来と言っても差し支えない物だった。翻訳は金井哲夫が手がけていたらしく、質も非常に高かった(後年、オリジナル版を遊んで全編古語英語で驚いた)のもあり、スリリングな序盤から徐々に旅の仲間が集結してゆく展開は素晴らしいものだったと思う。

Ultimaシリーズではそれまでゲーム内で永久死が描かれる事が無かったと思うが、Vでは初めて摂政に捕まると仲間の命か、秘密の呪文を教えるか選べという選択肢があり、仲間の死を選んだ場合そのキャラクターは永久に(Vの中では)消えてしまう。一度だけ失敗して捕まった時にこれを経験した時には相当なショックだった。最もその事実は既に記事を読んで知っていたのだが、仲間が自分のミスで消えてしまうのはかなりの痛みだった。正直、この時に失ったのが仮にVから登場したキャラクターならそれほどショックでは無かったと思う。その後はもう偏執狂的に準備を行うようになり、二度とそのような事態を招くことは無かったもののどんな時でも頭からその恐怖が消える事は無かった。

Ultima VI(IIIを除く)まで、Ultimaは現代人である主人公がファンタジー世界からの召喚に応じ目的を達成した後、元の世界に帰るという筋書きになっている。つまりUltimaを開始するのは旅の始まりであり、旅の続き(Journey Onward)となっている。「Journey Onwardって言うのが良いよな」とは友人の弁だが、確かにブリタニアの旅はどんなに居心地が良かろうが旅である(そこで死ななければ)訳でいつか終わりが待っている訳だ。プレイしている最中は全くそれに気が付かなかった。漫画家の大島やすいちが娘からなぜラスボスの城にいかないのかを聞かれ「この城に乗りこんだら…冒険が終わっちゃうじゃないか…」と言ったそうだが笑えると同時に共感する人も多いのでは無いだろうか。Ultima Vの終わりは非常に物悲しい終わり方をする。今でも時々思い出して「ああ、物悲しい終わりだったな」と思う。エンディングを見た時には既に夜中になっており、真っ暗な部屋でブリタニアに想いを馳せていたのを思い出す(まぁそのうち寝て起きたら朝だった)。

その後、Ultima Vを立ちあげてもプレイする気には中々なれず、その後IBM-PC版を入手したものの結局ほとんどプレイする事無く現在に至る。Ultimaシリーズの最高傑作がどれなのか意見が分かれる所だろう。私はIVを遊んだ事が前提になっているとは言え、Vが最高傑作だと思う。それでもVのブリタニアに戻る事は出来なかった。当時は何故なのかわからなかったが、今はわかる。旅は終わったのだ。

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